角膜潰瘍(角膜格子状切開、眼瞼縫合)

症例

フレンチブルドック 7歳 未去勢雄

 

主訴

2ヶ月ほど前に右眼に眼瞼痙攣(痛くて眼をしょぼしょぼする)と流涙が見られたため、他院を受診した。検査の結果、右眼の角膜に傷が見つかり点眼治療を始めたが、なかなか良くならない。セカンドオピニオンとして別の病院にも行き、種類の違う点眼や内服治療をしているが、そこでも良くならない。

 

眼検査

眼瞼痙攣と流涙は続いており、角膜は全体的に重度の浮腫により白濁し、中心部は慢性的な炎症により血管新生と肉芽形成が確認されました。

血管新生:本来角膜は透明で血管は見られませんが、傷などができると、それを治そうと白眼の部分である結膜から角膜に血管が伸びてくる反応が起こります。

肉芽形成:傷ができると隙間を埋めるために肉芽というピンク色の組織が形成されます。

右眼の角膜は全体的に白濁しており、中心部にかけて血管新生と肉芽形成が認められます。

 

眼瞼痙攣が見られるため、眼の傷が治っていない可能性が考えられました。そこで眼の傷を染色するフローレス染色検査を実施したところ、角膜の広範囲が染色されました。長期的に治療を受けているのにも関わらず傷が治癒していないため、犬種も考慮して自発性慢性角膜上皮欠損症(SCCEDs)を発症している可能性が疑われました。

SCCEDs(Spontaneous chronic corneal epithelial defects)とは

ボクサーやフレンチブルドック、ラブラドール・レトリーバーなどの犬種で認められることの多い、難治性の角膜潰瘍です。通常、角膜の傷は角膜上皮細胞が実質表面に沿って再生することで治癒しますが、この病気では上皮細胞が基部から浮いて増殖してしまうため、傷が覆われず治りにくい状態が続きます。

 

治療(第1病日)

SCCEDsでは接着が不完全な角膜上皮組織が表面を覆っているため、それを除去する必要があります。そのため点眼麻酔を行った上で、この接着不十分な組織をデブリードメントしました。その上で再度、点眼治療を継続して基底部に沿って上皮細胞が再生してくるか経過を見ることにしました。

デブリードメント:傷の治癒の妨げになっている不要な組織を器具を使って除去する処置のことです。今回は滅菌綿棒で擦ることで浮いた上皮組織を除去しました。

 

治療経過(第7〜13病日)

一週間後の再診では角膜上皮細胞が再び遊離して増殖していたため、改めてデブリードメントを行いました。更に一週間後の再診でも角膜上皮細胞は遊離して増殖していたほか、一部に上皮細胞の再生が乏しい所見が確認されました。これまでの経過から、デブリードメントと点眼のみの治療では思うような治癒が得られない様子であったため、飼い主様と相談して外科処置を実施することにしました。

角膜表面に肉芽増生が目立つものの、フローレス染色(右写真)をすると角膜の奥にひし形に染色される領域が確認され、上皮細胞が基底膜に沿って再生していないことがわかります。

 

外科処置(第13病日)

角膜の基底膜と実質表層の異常があると角膜上皮細胞がしっかりと接着できないため、この部分を除去する必要があります。そのため麻酔下でしっかりデブリードメントを実施し、傷の再生を促進するために意図的に角膜表面に傷をつけ、その部分を覆うように眼瞼縫合を施しました。

まず最初に遊離している角膜上皮細胞を滅菌綿棒で擦って除去します。

 

次に角膜上皮細胞の再生を促すため、角膜表面を細い針で格子状に切開しました。

 

最後に角膜を保護する目的で眼瞼縫合を実施しました。(上図は左眼の縫合例です)

内眼角(鼻側)は隙間から点眼できるように縫合しません。

 

術後の経過(第41病日)

引き続き点眼治療を実施し、1ヶ月後に眼瞼縫合を抜糸しました。角膜は光を当てると部分的にまだ白さは残っていますが、表面の肉芽は消失し、浮腫も良化していました。当初の症状であった眼瞼痙攣と流涙が落ち着いたので治療は一旦終了とし、今後は再発がないか定期チェックしていくことにしました。

歯科処置(破折による抜歯)

症例

ラブラドールレトリバー 5歳 未去勢雄

 

主訴

左上顎の歯が割れている。気にするなどの症状はなく食事も問題なくできているが、割れている部分が赤くなっている。かかりつけの動物病院で相談したが、治療は難しいと言われた。

 

身体検査

左上顎の第4前臼歯が破折しており、歯髄(血管や神経、リンパ管を含む組織)が露出していました。牛のアキレス腱をおやつとして与えているとの話があったため、硬いものを噛んだ影響での破折を疑いました。

上顎第4前臼歯は口腔内の歯の中でも特に大型で、三根歯(根っこが3本ある)が特徴です。犬では破折の起こりやすい歯の一つです。

 

破折とは

外傷性に歯のエナメル質、象牙質、セメント質などが損傷するものを歯の破折と言います。破折の程度で治療内容は変わりますが、今回のように歯髄が露出している状態では、口腔内の細菌が感染を起こして歯髄炎を起こしたり、重度の場合、敗血症(血管内に細菌が侵入して全身性に臓器障害を起こす病気)を起こす危険性もあります。

術前検査

歯髄が露出している状態であったため治療として抜歯を提示し、飼い主さんの同意が得られたため、術前検査として胸部のレントゲン検査と血液検査を実施しました。検査の結果、特に麻酔に支障が出るような異常はありませんでした。

 

抜歯処置

麻酔下で全体的にスケーリング(歯垢・歯石除去)を行い、抜歯をする領域に局所鎮痛を施しました。

左:口腔の右側、右:口腔の左側

 

骨膜剥離子を用いて歯肉を上顎骨から剥離します。

 

歯は上顎骨と強固に結合しているため容易には抜歯できません。歯を覆っている歯槽骨をラウンドバーで削り、歯根を露出していきます。

 

三根歯であるため、ダイヤモンドバーを用いて歯を3つに分割していきます。

 

エレベータを用いて歯根膜(歯と歯槽骨の間にある線維)を剥離していきます。充分剥離したら歯を脱臼させて抜去します。右側の写真は3分割した歯の1つを抜歯したところです。

 

分割した残りの2つの歯も同様に抜去します。抜去後の上顎骨は凹凸があるため、ラウンドバーで骨を削って表面を滑らかに整えます。

 

抜歯窩(抜歯してできた穴)に抗生剤を注入後、歯肉粘膜を縫合します。

 

術後経過

抜歯は1本で麻酔の覚醒も良好であったため、当日にお返ししました。一週間後に口腔内をチェックしたところ、縫合部の裂開はなく良好であったため治療終了としました。今後は再発防止のために過度に硬いものは避けるようにお願いしています。

通常、抜歯は歯周病などで状態の悪くなった歯に行うことがほとんどですが、このように歯髄が露出するような破折歯に対して行うこともあります。しかし同じ抜歯でも、今回のような抜歯は根本は健康であるため容易にはできません。健康な歯が抜歯にならないよう、与えるオヤツやオモチャは硬すぎるものは避けるようお願いします。

脾臓腫瘤(リンパ節結節性過形成)

症例

ボーダーコリー 8歳 未避妊雌

 

経過

以前より超音波検査にて脾臓に一カ所腫瘤(できもの)が確認されていましたが、糖尿病を発症していたため、当初はその治療を優先していました。定期検診をしていくうちに脾臓腫瘤の拡大と増加が認められたため、糖尿病のコントロールが落ち着いたところで、脾臓腫瘤に対しての外科的治療を実施することにしました。

超音波では脾臓の背側と腹側に一カ所ずつ、被膜を超えた腫瘤が確認されました。

 

脾臓の腫瘤

脾臓は非常に血管に富む臓器で、血液中の古い赤血球を処分したり血液を貯蔵する働きがあります。また白血球の一種であるリンパ球の産生や、病原体の処理など免疫に関連する働きもしています。脾臓に腫瘤が形成されることは珍しいことではなく、高齢の子で超音波検査をすると偶然見つかることがあります。良性と悪性の比率は半々で、悪性の場合は早期に自壊(腫瘍が破裂する)・出血を起こす傾向があります。破裂を起こすと大量出血につながるため、ひどいとそのまま出血で亡くなってしまうこともあります。脾臓の悪性腫瘍として有名なものに『血管肉腫』という非常に転移を起こしやすいものがあり、脾臓の悪性腫瘍の約50%は血管肉腫と言われています。

脾臓腫瘤については見つかったもの全てにおいて摘出をお勧めすることはありませんが、脾臓表面の被膜を超えて増大してくるものについては、たとえ良性であっても破裂の危険性があるため、基本的には摘出をお勧めしています。脾臓は上記の機能を持った臓器でありますが、摘出しても他の臓器が脾臓の機能を補ってくれるため、今まで通りの生活を送ることができます。

 

検査

術前検査として超音波検査以外にもレントゲン検査、血液検査を実施しました。その結果、明らかに転移を疑うような所見はなく、血液検査でも大きな異常は認められませんでした。

 

手術

未避妊であったため、糖尿病のコントロールをより安定させることも含めて脾臓摘出と同時に避妊手術も実施しました。(糖尿病はインスリンというホルモンが不足することで血糖値が上昇し、様々な症状を起こす病気です。インスリンを接種し、血糖値をコントロールする治療をおこないますが、未避妊であると性ホルモンの分泌の影響で血糖コントロールが難しくなる傾向があるため、避妊手術を行うことが推奨されています。)

脾臓の表面から飛び出るように一カ所小さな腫瘤が確認できます。

反対側の面には比較的大型の腫瘤が確認されました。

脾臓は多数の血管が分布している臓器で出血しやすいため、バイクランプ(高周波電流により組織の凝固・止血を行う機械)で止血しつつ、少しずつ脾臓を摘出していきます。

摘出した脾臓です。裏側にあった腫瘤は直径が3cmほどありました。

 

病理検査

結果は『リンパ節性結節性過形成』と診断されました。過形成とは組織に何らかの刺激が加わることで正常な細胞が増殖するもので、腫瘍とは異なり細胞の形や並び方は正常です。

 

術後の経過

糖尿病があったので体調に注意しつつ、血糖値のコントロールをしながら翌々日に退院としました。その後、病理検査の結果が腫瘍性病変ではなかったため、抜糸を終えた段階で治療終了としました。

脾臓腫瘤は巨大化して他の臓器を圧迫したり、破裂するなどのことがないと症状としては認められず、また血液検査でも異常が見られないことが多いため、日常生活で気づくことは難しいです。脾臓腫瘤に限りませんが、高齢になったら体調不良を起こす前に早期発見できるよう、血液検査やレントゲン検査以外にも定期的に腹部の超音波検査を行うことをお勧めします。

短頭種気道症候群(外鼻孔狭窄、軟口蓋過長症、喉頭室外反)

症例

フレンチブルドック 6ヶ月齢 未去勢雄

 

主訴

去勢手術希望だが、寝ている時にイビキが出る。睡眠時に無呼吸になることがある。

 

身体検査

外鼻孔狭窄(鼻の入口が狭い)があり、興奮時にストライダー音(空気を吸う時にガーガーと音が鳴る)が聴取されました。イビキやストライダーは喉頭領域の気道狭窄の存在を示す症状であるため、軟口蓋過長(伸びた軟口蓋が気管の入り口を閉塞する)の存在を疑うとともに、フレンチブルドックという犬種から短頭種気道症候群があると考えられました。

 

短頭種気道症候群について

鼻から喉、気管にかけて一箇所、もしくは複数の箇所で気道狭窄を起こす病気です。この狭窄により、いびきやストライダーが聴取されることが多く、程度によっては睡眠時の呼吸障害、運動不耐性(活動量が減る)、チアノーゼ(呼吸困難により舌の色が紫色になる)などを起こします。
短頭種(鼻の短い犬種)であるフレンチブルドックやパグ、ボストンテリア、ペキニーズなどの犬種に多く認められ、病変としては外鼻孔狭窄軟口蓋過長気管低形成などが代表的です。
治療については形態学的な異常であるため全てを治療することは困難ですが、外鼻孔狭窄や軟口蓋過長については尾翼切除、軟口蓋切除といった外科的な対応が可能です。

 

軟口蓋過長症とは

長く伸びた軟口蓋が気管の入り口である喉頭蓋を覆ったり、吸気時に気道内に引き込まれることで気道を狭窄・閉塞します。

 

 

術前検査

血液検査やレントゲンなどを実施し、大きな異常は認められませんでした。そのため去勢手術の際に口腔内を検査し、軟口蓋過長症があれば尾翼切除と同時に手術する事にしました。

 

手術

気管チューブを挿管する際に口腔内を検査したところ、軟口蓋過長を確認しました。しかし、それとは別に喉頭室外反も認められたため、尾翼切除に加え、軟口蓋切除、喉頭室切除を実施しました。

気管チューブ挿管前の状態

軟口蓋過長とその奥に喉頭室外反が確認できます。

 

 

尾翼切除

外鼻孔狭窄があるため尾翼を楔(くさび)状に切除します。

尾翼切除後。

 

軟口蓋切除

引っ張っているものが軟口蓋です。

軟口蓋をソノサージ(超音波で止血と切開を行う機械)で切除しています。

軟口蓋切除後。気管チューブの背側まで見えるようになっています。

 

喉頭室外反(喉頭小嚢反転ともいいます)とは

声帯ヒダの側方にある粘膜で囲まれた凹んだ空間を喉頭室(喉頭小嚢)といいます。外鼻孔狭窄や軟口蓋化長などにより気道狭窄が持続的に生じると、喉頭室の粘膜部に浮腫(むくみ)が起こり、凹んだ喉頭室が外側に飛び出すように外反を起こします。喉頭室外反は気道をさらに狭窄させるため、治療には腫大した喉頭室を切除する必要があります。

喉頭室切除

喉頭室切除後

気管チューブの下側にV字の空間が見えるようになりました。

 

術後の経過

手術当日は酸素ケージ内での入院としました。翌日から少しずつ酸素濃度を下げていき、通常酸素濃度でも呼吸状態に問題がないことを確認して退院としました。
後日抜糸で来院してもらった際には、睡眠時のイビキは横臥位(横向き)の時にわずかに出たりはするものの、ほぼなくなったとの話でした。

短頭種気道症候群は慢性の進行性疾患であるため、当初は症状が軽度でも徐々に悪化していく事があります。若齢の頃(できれば1歳以下)に手術をする事で、症状の緩和や進行を予防することができます。短頭種のワンちゃんを飼育されている飼い主様は、普段のワンちゃんの様子からイビキなどが目立つようなら、かかりつけの先生に相談してみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

甲状腺癌

 

症例

ミニチュアダックス 10歳 去勢雄

 

主訴

頚部に腫瘤(しこり)がある

 

身体検査

触診では頚部腹側のやや左側の皮下に、1.8cm大の可動性(触ると動く)の腫瘤が確認されました。

 

細胞診

腫瘤のFNA(細い針で細胞を採取する検査)を実施したところ、上皮系の腫瘍を疑う所見が認められました。細胞診を依頼したところ、甲状腺癌を疑うとの結果が出ました。
甲状腺は左右一対ずつありますが、今回は左側の甲状腺が腫瘍化していると考えられました。

超音波で見ると腫瘤の内部や周囲に豊富に血流が見られます。

 

甲状腺癌

犬の甲状腺腫瘍は中高齢(10〜15歳齢)で発生し、90%が悪性です。
悪性である甲状腺癌は診断時の転移率が16〜38%と高く、体積が大きいほど転移率は高くなります。臨床症状が出ることは稀ですが、大きくなって近くの器官を圧迫したりすると、嚥下障害や呼吸困難などの症状を起こします。
治療は甲状腺癌の状態によって変わりますが、基本的には外科が第一選択となります。
しかし固着(くっついていて動かない)しているなどで外科治療が不適応な場合は、放射線治療や化学療法(抗癌剤)が選択されます。

 

検査

腫瘤は外科的に摘出が可能な状態でしたが、甲状腺癌は肺やリンパ節へ転移しやすい腫瘍であるため、術前にレントゲンや超音波検査で転移のチェックを行いました。また、甲状腺はホルモンを分泌する内分泌器官であるため、甲状腺ホルモン濃度の測定も実施しました。
検査の結果、明らかな転移は認められず、甲状腺ホルモン濃度も正常であったため、外科手術を実施することにしました。

 

手術

甲状腺などの内分泌臓器は血管豊富な臓器であるため、出血しやすい特徴があります。また周囲には生命を維持する上で重要な反回喉頭神経や迷走神経なども存在しているため、慎重に剥離を行い腫瘤を摘出しました。また毛刈りをした際に左側の浅頚リンパ節がわずかに腫れている様子があったため、転移の可能性を考えてリンパ節郭清(リンパ節の摘出)も実施しました。

 

ピンセットで摘んでいるものが腫瘤です。

バイポーラ(電気メス)や綿棒を用いて剥離していきます。

 

摘出後(白い部分は気管)

 

摘出した甲状腺腫瘤

 

病理検査

甲状腺腫瘤は病理検査で『甲状腺濾胞腺癌』と診断されました。なお、同時に摘出した左浅頚リンパ節に明らかな転移は確認されませんでした。

 

術後の経過

甲状腺を摘出すると術後に低Ca血症や甲状腺機能低下症を起こすことがありますが、特にそのような異常は見られず経過は良好でした。
病理の結果、摘出状態は良好(腫瘍を取りきれている)との結果であったため、治療については抜糸を終えた段階で一度終了としました。ただ甲状腺癌は転移しやすい腫瘍であるため、今後は定期的に転移がないか検診を続けていくことをお勧めしています。
甲状腺癌は小さいうちは症状が出にくく、場所も見難い位置にあるため、なかなか気づくことができない腫瘍です。今回は飼い主さんが早期に発見してくれたお陰で、腫瘤が小さいうちに摘出することができました。