甲状腺癌

 

症例

ミニチュアダックス 10歳 去勢雄

 

主訴

頚部に腫瘤(しこり)がある

 

身体検査

触診では頚部腹側のやや左側の皮下に、1.8cm大の可動性(触ると動く)の腫瘤が確認されました。

 

細胞診

腫瘤のFNA(細い針で細胞を採取する検査)を実施したところ、上皮系の腫瘍を疑う所見が認められました。細胞診を依頼したところ、甲状腺癌を疑うとの結果が出ました。
甲状腺は左右一対ずつありますが、今回は左側の甲状腺が腫瘍化していると考えられました。

超音波で見ると腫瘤の内部や周囲に豊富に血流が見られます。

 

甲状腺癌

犬の甲状腺腫瘍は中高齢(10〜15歳齢)で発生し、90%が悪性です。
悪性である甲状腺癌は診断時の転移率が16〜38%と高く、体積が大きいほど転移率は高くなります。臨床症状が出ることは稀ですが、大きくなって近くの器官を圧迫したりすると、嚥下障害や呼吸困難などの症状を起こします。
治療は甲状腺癌の状態によって変わりますが、基本的には外科が第一選択となります。
しかし固着(くっついていて動かない)しているなどで外科治療が不適応な場合は、放射線治療や化学療法(抗癌剤)が選択されます。

 

検査

腫瘤は外科的に摘出が可能な状態でしたが、甲状腺癌は肺やリンパ節へ転移しやすい腫瘍であるため、術前にレントゲンや超音波検査で転移のチェックを行いました。また、甲状腺はホルモンを分泌する内分泌器官であるため、甲状腺ホルモン濃度の測定も実施しました。
検査の結果、明らかな転移は認められず、甲状腺ホルモン濃度も正常であったため、外科手術を実施することにしました。

 

手術

甲状腺などの内分泌臓器は血管豊富な臓器であるため、出血しやすい特徴があります。また周囲には生命を維持する上で重要な反回喉頭神経や迷走神経なども存在しているため、慎重に剥離を行い腫瘤を摘出しました。また毛刈りをした際に左側の浅頚リンパ節がわずかに腫れている様子があったため、転移の可能性を考えてリンパ節郭清(リンパ節の摘出)も実施しました。

 

ピンセットで摘んでいるものが腫瘤です。

バイポーラ(電気メス)や綿棒を用いて剥離していきます。

 

摘出後(白い部分は気管)

 

摘出した甲状腺腫瘤

 

病理検査

甲状腺腫瘤は病理検査で『甲状腺濾胞腺癌』と診断されました。なお、同時に摘出した左浅頚リンパ節に明らかな転移は確認されませんでした。

 

術後の経過

甲状腺を摘出すると術後に低Ca血症や甲状腺機能低下症を起こすことがありますが、特にそのような異常は見られず経過は良好でした。
病理の結果、摘出状態は良好(腫瘍を取りきれている)との結果であったため、治療については抜糸を終えた段階で一度終了としました。ただ甲状腺癌は転移しやすい腫瘍であるため、今後は定期的に転移がないか検診を続けていくことをお勧めしています。
甲状腺癌は小さいうちは症状が出にくく、場所も見難い位置にあるため、なかなか気づくことができない腫瘍です。今回は飼い主さんが早期に発見してくれたお陰で、腫瘤が小さいうちに摘出することができました。