肥満細胞腫

症例

柴 13歳 避妊雌

 

主訴

右前肢に腫瘤(できもの)があり、気にして舐めている。

 

身体検査

右前肢の肘の内側に3cm大の皮膚腫瘤が確認できました。気にして舐めていたせいか中心部からは出血も見られました。

 

細胞診

腫瘤のFNA(細い針を刺して細胞を採取する検査)を実施したところ、内部に大量に顆粒を有する細胞が多数確認され、肥満細胞腫と考えられました。細胞診とc-kit遺伝子変異の外注検査を依頼したところ、『低悪性度の肥満細胞腫の疑い、c-kit遺伝子変異なし』との結果が出ました。

紫色の小さな粒々したものが肥満細胞の顆粒です。

 

肥満細胞腫(MCT:Mast Cell Tumur)

肥満細胞腫は皮膚に好発する悪性腫瘍です。肥満細胞という本来アレルギーなどに関与する細胞が腫瘍化することで発生します。肥満細胞は細胞内に顆粒(ヒスタミンやヘパリンといった生理活性物質)を有しており、その顆粒が大量に放出されることで浮腫や内出血、ショックなどの症状を起こすことがあります。肥満細胞腫の悪性度は病理組織検査によるグレーディングで判断されますが、同じ肥満細胞腫でもグレードにより予後は良いものから悪いものまで多様です。治療は外科手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤)などが適用されますが、基本的には外科切除が第一選択となります。

c-kit遺伝子変異とは

c-kit遺伝子は肥満細胞の増殖に関わる遺伝子で、そこに変異が起こって腫瘍化することがあります。c-kit遺伝子変異がある肥満細胞腫は悪性度が高いことが多く、再発率や転移率が高く、生存期間が短い傾向があります。負の予後因子とされていますが、変異がないからといって必ずしも悪性度が低いことにはなりません。

 

検査

肥満細胞腫はリンパ節に転移しやすく、肝臓や脾臓にも転移することがあるため、転移の兆候がないかリンパ節のFNAや画像検査を実施しました。その結果、リンパ節は腫脹がなく触知できない状態であったため有意な細胞が採取できませんでした。また、レントゲンや超音波での異常は確認できませんでした。

 

治療

肥満細胞腫は転移がなく摘出可能であれば外科切除が第一選択となりますが、今回の発生部位は肘に近い位置であり、サイズも大型であったため摘出は容易ではない状態でした。また、飼い主様が外科切除を希望されなかったため、初めは試験的に分子標的薬による化学療法で腫瘍が縮小するか反応を見ることにしました。

分子標的薬の治療を始めてからまもなく、腫瘍の表面が自壊(破裂)して出血するようになりました。出血量も多く、本人も気にして舐めたがる状態が続いてしまったため分子標的薬による治療は困難と判断し、飼い主様と相談して外科切除を実施することにしました。

 

手術

肥満細胞腫を切除するためには腫瘍より広い範囲で摘出する必要があります。そのため腫瘍の周囲2cmをマージンと設定し、底部は筋膜を含むように摘出を行いました。

腫瘍の周囲2cmにマーカーで線を引きます。

腫瘍の摘出はできましたが、皮膚の広範囲が欠損する状態になりました。この部分を周囲の皮膚を使って縫合することは困難であるため、腋窩(脇の下)の皮膚を利用して皮弁を作成しました。

脇の下の皮膚を利用して肘の欠損部を補います。

摘出した肥満細胞腫です。

 

病理検査

病理検査では肥満細胞腫グレード2、摘出状態は良好との評価でしたが、細胞診のときと変わって高悪性度という評価でした。

組織学的グレードは1は良性、3は高悪性、2はその中間という位置付けになっています。

 

術後の経過

術後1日目 内出血が少し見られます。黄色の矢印は脇の皮膚の欠損部が大きくなってしまい、それを補うために皮膚を移動させる目的で切開した跡です。この時点で右足を庇うことなく歩けています。

 

術後4日目 皮弁の先端が血行不良で黒色化しています。

 

術後7日目 内出血が目立ちます。白っぽくなっているところ(矢印)は血行不良で組織が壊死してしまった部分です。

 

術後14日目 部分的に赤みが残っていたり黒く壊死している部分はありますが、広範囲の皮膚は血行不良を起こさずに経過してくれています。

 

術後30日目 壊死した部分は脱落し、部分的に発毛も見られます。

 

リンパ節生検と肝臓・脾臓の細胞診

縫合部の経過は比較的良好でしたが、手術からちょうど1ヶ月経過したところで右側の浅頚リンパ節(首のやや下側にあるリンパ節)が腫れていることに気づきました。針生検を実施したところ、肥満細胞腫の転移を疑う所見が認められたため、手術で治療を終えることができないことがわかりました。肥満細胞腫の転移の範囲を把握するために、腫脹していた右浅頚リンパ節と、腫脹はないものの手術を行なった場所に最も近い右腋窩リンパ節(脇の下のリンパ節)の摘出生検を行いました。また同時に、肥満細胞腫で転移の多い肝臓と脾臓の細胞診(針生検)も実施しました。

 

病理検査と細胞診

病理検査では腫れていた右浅頚リンパ節だけでなく腫れてなかった右腋窩リンパ節にも肥満細胞腫の転移が確認されました。また画像上では異常に見えなかった肝臓や脾臓にも細胞診の結果、肥満細胞腫が転移していることが判明しました。

 

その後の経過

肥満細胞腫が全身性に転移していることが判明したため、飼い主様と相談して追加治療として化学療法を開始することにしました。現在、抗がん剤治療中です。

肥満細胞腫は皮膚では発生の多い腫瘍で猫でも見られます。よく勘違いされる飼い主様がおられますが、肥満細胞腫は必ずしも太ってるからなるわけではありません。皮膚にはこのような悪性腫瘍ができることもありますので身体を触っていてできものを発見したときは、一度かかりつけの動物病院で診てもらってください。

術後80日目 部分的に脱毛していますが、だいぶ毛が生えてきました。