歯科処置(破折による抜歯)

症例

ラブラドールレトリバー 5歳 未去勢雄

 

主訴

左上顎の歯が割れている。気にするなどの症状はなく食事も問題なくできているが、割れている部分が赤くなっている。かかりつけの動物病院で相談したが、治療は難しいと言われた。

 

身体検査

左上顎の第4前臼歯が破折しており、歯髄(血管や神経、リンパ管を含む組織)が露出していました。牛のアキレス腱をおやつとして与えているとの話があったため、硬いものを噛んだ影響での破折を疑いました。

上顎第4前臼歯は口腔内の歯の中でも特に大型で、三根歯(根っこが3本ある)が特徴です。犬では破折の起こりやすい歯の一つです。

 

破折とは

外傷性に歯のエナメル質、象牙質、セメント質などが損傷するものを歯の破折と言います。破折の程度で治療内容は変わりますが、今回のように歯髄が露出している状態では、口腔内の細菌が感染を起こして歯髄炎を起こしたり、重度の場合、敗血症(血管内に細菌が侵入して全身性に臓器障害を起こす病気)を起こす危険性もあります。

術前検査

歯髄が露出している状態であったため治療として抜歯を提示し、飼い主さんの同意が得られたため、術前検査として胸部のレントゲン検査と血液検査を実施しました。検査の結果、特に麻酔に支障が出るような異常はありませんでした。

 

抜歯処置

麻酔下で全体的にスケーリング(歯垢・歯石除去)を行い、抜歯をする領域に局所鎮痛を施しました。

左写真:口腔の右側、右写真:口腔の左側

 

骨膜剥離子を用いて歯肉を上顎骨から剥離します。

 

歯は上顎骨と強固に結合しているため容易には抜歯できません。歯を覆っている歯槽骨をラウンドバーで削り、歯根を露出していきます。

 

三根歯であるため、ダイヤモンドバーを用いて歯を3つに分割していきます。

 

エレベータを用いて歯根膜(歯と歯槽骨の間にある線維)を剥離していきます。充分剥離したら歯を脱臼させて抜去します。右側の写真は3分割した歯の1つを抜歯したところです。

 

分割した残りの2つの歯も同様に抜去します。抜去後の上顎骨は凹凸があるため、ラウンドバーで骨を削って表面を滑らかに整えます。

 

抜歯窩(抜歯してできた穴)に抗生剤を注入後、歯肉粘膜を縫合します。

 

術後経過

抜歯は1本で麻酔の覚醒も良好であったため、当日にお返ししました。一週間後に口腔内をチェックしたところ、縫合部の裂開はなく良好であったため治療終了としました。今後は再発防止のために過度に硬いものは避けるようにお願いしています。

通常、抜歯は歯周病などで状態の悪くなった歯に行うことがほとんどですが、このように歯髄が露出するような破折歯に対して行うこともあります。しかし同じ抜歯でも、今回のような抜歯は根本は健康であるため容易にはできません。健康な歯が抜歯にならないよう、与えるオヤツやオモチャは硬すぎるものは避けるようお願いします。

お盆休みのお知らせ

8月14日(水)から8月16日(金)までを休診とさせていただきます。
8月17日(土)以降は、通常通り診療いたします。
ご不便、ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
※フードやお薬などのご注文はお早めにお願いします。

脾臓腫瘤(リンパ節結節性過形成)

症例

ボーダーコリー 8歳 未避妊雌

 

経過

以前より超音波検査にて脾臓に一カ所腫瘤(できもの)が確認されていましたが、糖尿病を発症していたため、当初はその治療を優先していました。定期検診をしていくうちに脾臓腫瘤の拡大と増加が認められたため、糖尿病のコントロールが落ち着いたところで、脾臓腫瘤に対しての外科的治療を実施することにしました。

超音波では脾臓の背側と腹側に一カ所ずつ、被膜を超えた腫瘤が確認されました。

 

脾臓の腫瘤

脾臓は非常に血管に富む臓器で、血液中の古い赤血球を処分したり血液を貯蔵する働きがあります。また白血球の一種であるリンパ球の産生や、病原体の処理など免疫に関連する働きもしています。脾臓に腫瘤が形成されることは珍しいことではなく、高齢の子で超音波検査をすると偶然見つかることがあります。良性と悪性の比率は半々で、悪性の場合は早期に自壊(腫瘍が破裂する)・出血を起こす傾向があります。破裂を起こすと大量出血につながるため、ひどいとそのまま出血で亡くなってしまうこともあります。脾臓の悪性腫瘍として有名なものに『血管肉腫』という非常に転移を起こしやすいものがあり、脾臓の悪性腫瘍の約50%は血管肉腫と言われています。

脾臓腫瘤については見つかったもの全てにおいて摘出をお勧めすることはありませんが、脾臓表面の被膜を超えて増大してくるものについては、たとえ良性であっても破裂の危険性があるため、基本的には摘出をお勧めしています。脾臓は上記の機能を持った臓器でありますが、摘出しても他の臓器が脾臓の機能を補ってくれるため、今まで通りの生活を送ることができます。

 

検査

術前検査として超音波検査以外にもレントゲン検査、血液検査を実施しました。その結果、明らかに転移を疑うような所見はなく、血液検査でも大きな異常は認められませんでした。

 

手術

未避妊であったため、糖尿病のコントロールをより安定させることも含めて脾臓摘出と同時に避妊手術も実施しました。(糖尿病はインスリンというホルモンが不足することで血糖値が上昇し、様々な症状を起こす病気です。インスリンを接種し、血糖値をコントロールする治療をおこないますが、未避妊であると性ホルモンの分泌の影響で血糖コントロールが難しくなる傾向があるため、避妊手術を行うことが推奨されています。)

脾臓の表面から飛び出るように一カ所小さな腫瘤が確認できます。

反対側の面には比較的大型の腫瘤が確認されました。

脾臓は多数の血管が分布している臓器で出血しやすいため、バイクランプ(高周波電流により組織の凝固・止血を行う機械)で止血しつつ、少しずつ脾臓を摘出していきます。

摘出した脾臓です。裏側にあった腫瘤は直径が3cmほどありました。

 

病理検査

結果は『リンパ節性結節性過形成』と診断されました。過形成とは組織に何らかの刺激が加わることで正常な細胞が増殖するもので、腫瘍とは異なり細胞の形や並び方は正常です。

 

術後の経過

糖尿病があったので体調に注意しつつ、血糖値のコントロールをしながら翌々日に退院としました。その後、病理検査の結果が腫瘍性病変ではなかったため、抜糸を終えた段階で治療終了としました。

脾臓腫瘤は巨大化して他の臓器を圧迫したり、破裂するなどのことがないと症状としては認められず、また血液検査でも異常が見られないことが多いため、日常生活で気づくことは難しいです。脾臓腫瘤に限りませんが、高齢になったら体調不良を起こす前に早期発見できるよう、血液検査やレントゲン検査以外にも定期的に腹部の超音波検査を行うことをお勧めします。